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燃灯会 ねぶたをパクってユネスコに申請?

      2012/11/26

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ねぶたに類似した燃灯会(ねんとうえ)を韓国がユネスコ無形文化遺産登録申請したということで、ネット上はかなりヒートアップしています。

けれど、現在のところ燃灯会が申請されたことはほぼ確認できているものの、その内容までは確認できていない状況です。

ねぶた類似が申請内容に入っているかのような騒ぎですが、そこに15年ほど前からはじめられたねぶた類似の山車が入ってなかったらどうするんでしょう?

今年度いっぱい日本側からユネスコに申請できる期限があるため、現段階ではもっと冷静になって、テポドンと同じように迎撃態勢を取ることに重点をおくべきでしょう。

といっても、片山さつきさんのようにすぐに状況把握に乗り出してくれる政治家ばかりでは無いので、ヒートアップする気持ちもわからなくは無いです。

 

さて、日本語では燃灯会(ねんとうえ)と言っていますが、韓国では燃燈會(ヨンドゥンフェ:연등회)といいます。字体が違うだけです。

韓国民族文化大百科によると、新羅(シルラ:신라)の真興王(チヌンワン:진흥왕 ) 12年、西暦551年から始められたと言われています。真興王は善徳女王でイ・スンジェ氏が演じていた新羅の征服王です。

1145年に編纂された三国史記(サムグクサギ:삼국사기)の新羅本記(シルラボンギ:신라본기)によると、統一新羅時代の景文王(キョンムンワン:경문왕)6年、西暦866年の記録があります。当初は中国の道教の影響で正月15日に行われていました。

高麗(コリョ:고려)でも太祖王建(テジョワンゴン:태조 왕건)の時代からずっと行われていました。1010年、成宗(ソンジョン:성종)は一月ずらし2月に開催しました。さらに時代が下ると4月の釈迦生誕日にも行われるようになりました。

朝鮮時代には仏教が抑圧されていたため、高麗時代のように盛大に行われることはありませんでした。僧侶の漢城府入は禁止され、寺も山寺のみとなったため、燃燈會(ヨンドゥンフェ)の形態も必然的に変わりました。

 

上記のように燃燈會(ヨンドゥンフェ)が存在していたのは事実です。提灯に火を灯した祭事だったのでしょ。問題はねぶたと類似した山車があったのかということですが、なかったに違いありません

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歴史を見ればわかりますよね。時代が上れば上るほど、紙はとても貴重なものです。朝鮮時代においても洗草(セチョ)の例もあるように、貴重な紙資源を有効利用するため、洗って墨を落とし再生紙として利用していたほどです。歴史的に朝鮮半島の国家は大量の紙を使用しなければならない山車を造るほどの余裕なんてありませんでした。

それでは、時代が下った朝鮮末期はというと、儒教国家の朝鮮が平地のある街で、仏教行事の山車を許すはずがありません。となると、仮に山車があったとしても、1897年に成立した大韓帝国以降になります。日本では文化年間1800年初旬には大型の山車が存在していました。

ですので、仮に韓国人が山車も昔からあったと言い出したら、紙の生産量や貴重性を突破口に論破すればよいでしょう。

もっとも、燃燈會(ヨンドゥンフェ)ねぶたとでは起源が根本的に異なるため、ユネスコの担当者がよっぽどのポンスケではない限り、同一のものとみなさないと思いますが、ハニートラップや賄賂などの裏技もあるので、留意しなければならないですね。

これを機に日本でも各種ロビイストを正式採用して、不当な主張などに対抗する大勢を構築してほしいものです。日本人は勘違いしていますが、国際ルールは主張のどつきあいなのですから、沈黙していてはいけません。もちろん、どつき方は洗練されたスマートなものでなければなりませんが(笑)

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