韓国歴史ヒストリア

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根の深い木の時代背景とあらすじ(第2話)

   

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♬ハン・ソッキュ、チャン・ヒョク、シン・セギョン主演、ソン・ジュンギ出演の根の深い木(プリキプン ナム:뿌리깊은 나무)第1~2話解説(あらすじ含む)です。

BSフジでの放送では第1話から第4話の19分45秒までがカットされてしまいました。そのためにこの記事ではその補足とともに時代背景を紹介します。

根の深い木

まずはカン・チェユン(幼名:トルボク)ソイ(幼名:タム)がいかにし世宗(セジョン:세종)と関わっていくのか、どうしてトルボクは世宗を恨むのかについて説明していきます。

トルボクとタムは沈温(シム・オン)宅の奴婢(ノビ:노비)です。沈温は国舅であり世宗の妻・昭憲王后(ソホンワンフ:소헌왕후)の父です。

1418年8月10日、第3代太宗(テジョン:태종)上王(サンワン:상왕)に退き、3男の第4代世宗(セジョン:세종)に王位を譲っていました。

王女の男を見た方なら第7代世祖(セジョ세조)の冷酷な処断の数々を見て、少なからず憎悪を抱いたのではないでしょうか?けれど、世祖のはるかに上を行く振る舞いを行ったのが、祖父に当たる太宗なのです。

実は太宗と言うよりも李芳遠(イ・バンウォン:이방원)という名のほうが知れ渡っています。世祖も同様に首陽大君(スヤンテグン:수양대군)の名の方が知れ渡っていますよね?これは王になる前に有名になる数々の事件を起こしたからにほかありません。

太宗は1398年に第1次王子の乱で異母弟二人やそちらについていた鄭道伝(チョン・ドジョン:정도전)らの重臣を抹殺。1400年の第2次王子の乱では実兄で父・李成桂(イ・ソンゲ:이성계)の4男李芳幹(イ・バンガン:이방간)と政敵を排除します。

こうして世子(セジャ:세자)となり同年兄王からの禅譲を受け王として即位します。王になってからは生まれたての朝鮮の基礎をつくるために次々と政策を推し進め、中央集権化にも邁進します。

その過程でも功臣であり外戚でもある妻・元敬王后 閔氏(ウォンギョンワンフ ミンシ:원경왕후 민씨)の実家が傲慢となったと見るやいなや、罠を仕掛けて罪に陥れ次々と死罪とします。

これは、世宗(セジョン)の兄で当時世子(セジャ)だった讓寧大君(ヤンニョンデグン:양녕대군)が幼少期に閔氏の実家で過ごしていたこともあり、このまま即位すれば閔氏の傀儡となる可能性があったからです。

こうして世宗(セジョン)が急遽世子となり、禅譲を受け朝鮮の王となったわけですが、兵権だけは太宗(テジョン)が持ち続けていました。組織に二人のトップがいる場合には容易に混乱が生じます。

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そして実際に、兵曹参判(ピョンジョチャムパン:병조참판) 姜尚仁(カン・サンイン:강상인)が兵権に関する報告を世宗(セジョン)にしか報告しなかったことで罪に問われる事件が起きます。同様にこのような状況に不満を漏らしていた沈温(シム・オン)の弟・沈泟(シム・ジョン:심정)も罪に問われます。(彼はドラマにも登場しています)

これがいわゆる、1420年(世宗2)に起きた姜尚仁の獄事(カン・サンイン オクサ:강상인의 옥사)です。

この事件は沈(シム)一族を陥れる格好の材料となりました。歴史家の意見も若干別れるところですが、太宗(テジョン)はこの事件をきっかけにしたのではなく、過去に閔(ミン)一族を葬ったように、強力な外戚を自動的に排除対象にしたのではないかと言われています。

後日、一連の沈(シム)一族への粛清は冤罪であったことがわかっています。これらは左議政(チャイジョン:좌의정)朴訔(パク・ウン:박은)の政敵排除の思惑と太宗(テジョン)の思惑とが一致しておきた悲劇でした。

 

ドラマではこの悲劇に巻き込まれたのが、主人公となるカン・チェユン(幼名:トルボク)とソイ(幼名:タム)です。

第2話で牢破りが起こり囚われていた奴婢たちが逃げるシーンがあります。ほとんどが反逆を理由に殺される中、タムは様子を見に来た昭憲王后(ソホンワンフ)のチマの中に匿われて何とか命拾いします。

後代にも中殿(チュンジョン:중전)の鑑とされている昭憲王后(ソホンワンフ)の慈愛に満ちた人となりを形容したストーリーですが、自家の婢だったからこそタムは助けられたわけです。

一方のトルボクはこの一件で謀反の意志など皆無の心神耗弱者の父を殺され、世宗(セジョン)を恨みの対象とします。この時、ハンジッコル(한지골)・トルボクの大いなる復讐のスイッチが入るのです。

その後トルボクは世宗の護衛節で朝鮮一の剣の達人ムヒュルにより、泮村(パンチョン:반촌)の女行首(ヘンス)に預けられます。

ムヒュルはトルボクの火のような性格を鑑み、後日の災となり得るために殺すべきだと世宗に主張しますが、自分の救うべき最初の民だということで生かします。

その少し前、トルボクを一旦山小屋へ隠している時に、太宗(テジョン)に出くわし、トルボクを殺すように言われます。父王の残虐な好意を子供の頃から見てきた世宗(セジョン)は、その命令により動こうとした兵を止めます。

『一歩も動くな。上王(サンワン)は王ではない。私が朝鮮の王だ!』

そして、自分の朝鮮は父のものとは違うといい抵抗します。

けれど、どう違うのか問われても答えに窮する世宗は、トルボクを殺すなら自分も殺してくれと、自らの太刀を太宗(テジョン)に投げます。そんな息子の首に刃を当てる太宗(テジョン)。世宗(セジョン)はムヒュルに王としての最後の命令だと、自分が殺られたらそれが誰でも反撃せよと命じます。ムヒュルは命を受け太刀を抜きます。

『簡単にできるのか?』

そう言い残し、太刀を投げて去っていく太宗(テジョン)でしたが、翌日、全兵力を講武場(カンムジャン:강무장)に集結させるよう腹心の趙末生(チョ・マルセン:조말생)に言います。

そして、世宗(セジョン)のもとからは武官がほとんどいなくなります。世宗(セジョン)は王の座から降りるつもりで玉璽や将軍を招集する烏梅牌(オメペ:오매패)・2品以上の文武官を招集する象牙牌(サンアペ:상아패)・御刀(オド:어도)などを一箇所に集めます。

そんなとき、父から送られたものは空の重箱でした。有名な故事から鑑みると自ら命を絶てというメッセージと取れ、周りの者もみなそう考えます。けれど、しばらく考えた世宗(セジョン)はこれをヒントに33方陣の答えを得ます。

子供の頃、残忍な父の行為の真意を知るために始めた魔法陣の解を得て、遊びは終わったと言い父のいる講武場へと行くのでした。

世宗(セジョン)が扉を開くと演習中でした。太宗(テジョン)は号令を発し、世宗のいる方に射手を向け矢を射ます。雨のように降ってくる矢を前に世宗は!

 

なんだか結構あらすじを書いてしまいました。カットがなければ書かなくてよかったのに!

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