韓国歴史ヒストリア

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駙馬とは? 王女の男 第4回

      2012/11/26

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王女の男(原題:公主の男:コンジュエ ナムジャ:공주의 남자)第4話。

歴史ドラマの難関のうちの一つに古語があると思います。

韓国人でもなんとなくは意味は知っているものの、ちゃんとした意味はわからないと言う言葉がたくさんあります。

スンユが候補になっている駙馬(プマ:부마)もその一つです。

「そんな言葉、ドラマを見ていても出てこないんだけど?」と、思われる方も多いと思いますが、それもそのはず「王女の婿」という意訳が当てられています。けれども、オリジナル音声ではものすごく高い頻度でこの言葉は出てきます。ときには王女の婿選び駙馬揀擇(プマカンテク:부마간택)という言葉として出てきます。

もともとは中国の漢代の官職で、ただ単に王の輿に付属する馬を管轄していました。時代が下り魏・晋のころに、王の婿がこの職につくようになり、王の婿のことをこう呼ぶようになりました。正式には駙馬都尉(プマドウィ:부마도위)といいます。3世紀の話ですから、王女の男の舞台となっている15世紀の朝鮮とは千年以上の開きがあります。朝鮮半島でも265年の高句麗(コグリョ:고구려)からはこの名称が使用されています。

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朝鮮では当初、駙馬(プマ:부마)を宗親(チョンチン:종친:王族のこと)とみなし封君していました。けれども、君号が乱発されるため、第4代世宗(セジョン)は1444年(世宗24)7月に、それまでの異姓諸君府(イソンジェグンブ:이성제군부)から駙馬府(プマブ:부마부)に管理を移管して、君号ではなく「尉」の号に変更しました。

その後も何度か改変があり、王の嫡女子の公主(コンジュ)と庶女子の翁主(オンジュ)の婿に差をつけるなどしていますが、世祖(セジョ:세조)12年以降の話なので今回は割愛します。

上記のことからもわかるように、後代では添え物のような印象の駙馬(プマ:부마)ですが、朝鮮初期にはにそれなりの権威がありました。そして、敬惠公主(キョンヘコンジュ:경혜공주)の夫となる人物にも、その権威に見合った不幸が待っています。そのお話はまた後日!

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