韓国歴史ヒストリア

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親蚕礼(チンジャムネ)

      2012/11/26

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親蚕礼(チンジャムネ:친잠례) 中国の伝説の三皇五帝の最初の帝・黄帝の妃であり、養蚕の神として崇められている西陵氏(ソルンシ:서릉씨)が、あまねく民に養蚕を奨励したことを起源として、朝鮮の前の王朝高麗(コリョ:고려)では先蚕祭(ソンジャムジェ:선잠제)として行われ、朝鮮にも親蚕礼(チンジャムネ:친잠례)として継承された。(韓国の漢字表記では親蠶禮)

 

この儀礼は女性が主管できる唯一のもので、その長たる中殿(チュンジョン:중전)が、陰暦3月に内外命婦を宮中に呼び執り行った。

最初に養蚕に注視したのは、第3代朝鮮王太宗(テジョン:태종)で、1409(太宗9)に古代中国周の成王の公桑制度を模して、宮園に桑の木を植えるよう命じた。

その後、儀礼として確立したのは第9代成宗(ソンジョ:성종)の代まで下る。

1477(成宗8)3月に初めての親蚕礼(チンジャムネ:친잠례)が行われた。

この儀式を取り仕切ったのは、第10代・燕山君(ヨンサングン:연산군)の母で、のちに宮廷を追われる事となる廃妃尹氏(ペビユンシ:폐비윤씨)だった。

 

この儀礼では豚を贄とし、中殿(チュンジョン:중전)自ら桑の葉を摘み蚕に与えた。

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また、黄色い衣を着て行った。元来、黄色は中原の皇帝を表す色。朝鮮では王も赤い服を着ているとおり、使用をはばかられる色だったが、西陵氏の故事を名分とし、礼曹(イェジョ:예조)で検討の上、これを是とした。

朝鮮王朝では農業と共に養蚕を推奨した。 そのため、農桑(ノンサン:농상)という言葉もあるほどだ。

 

王室でも百姓(ペクソン)の模範となるべく、宮中に桑を植え、養蚕を奨励した。 昌徳宮(チャンドックン:창덕궁)に有名な桑の老木が現存していることがそれを裏付けている。

この親蚕礼(チンジャムネ)、最初に行なってから約300年も行われなかった。

また、王朝を通じて合計8回しか執り行われておらず、通年は官吏が年中行事として執り行っていたようだ。

 

1767年(英祖43)に第21代朝鮮王・英祖(ヨンジョ:영조)による王室の権威強化の一貫として復活することとなった。

日本人にも有名な遊園地ロッテワールドや、サッカーの国際試合などが行われるソウルオリンピックスタジアムのあるチャムシル(잠실)は蚕室と書く。

まさに養蚕のための建物のことだ。 1930年代までは、桑の木が一面に生えており、養蚕の一大拠点だった。

 

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