韓国歴史ヒストリア

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王になった男 FAQ

   

王になった男(原題:光海 王になった男:クァンヘ, ワンイデンナムジャ:광해, 왕이 된 남자)をご覧になられた秋さんから質問を受けました。

記事のネタとして使わせていただくことに!

Q1.ハンヒョジュ演じる王妃ですが、たしか、映画の中では西人派と言われていたと記憶しているんですが(違ってたらごめんなさい)

A1.廃妃柳氏(ペビユシ:폐비 유씨)の実家は北人(プギン:북인)です。劇中では一人しかいない兄が謀反をでっち上げられ拷問を受けていましたが、実際には3人の兄が存命で、全く逆のことをしていました。兄たちは大北(テブク:대북)小北(ソブク:소북)に分かれ、仲たがいしていました。

光海

※もともと東西に分かれていた派閥は東人(トンイン:동인)が南北に分かれ、さらに北が大小に分かれています。

劇中、西人(ソイン:서인)の訴に対して、偽の王(ハソン)が言った

『お前たちの意を汲み中殿(チュンジョン:중전)を廃位しよう。だが、中殿がお前たちと同じ西人でないという理由で廃位されねばならないのなら、私もまた西人ではない。だから、私も共に廃位せよ!』

と言ったせりふを聞き、勘違いされたのだと思われます。

 

Q2.光海君が追われた後、西人派が実権を握ったのは王妃の兄がいたからですか?

A2.A1からもわかるように、王妃の兄たちは仁祖反正(インジョバンジョン:인조반정)により粛清された側になります。


Q3.清の侵攻とありますが、これは後金のことですよね?
たしか、映画の中では2万の兵を後金へ送ることになってましたけど、光海君は後金には従属してたんでしょうか?その彼が退位させられたから侵攻があったんですか?

A3.年表についてのご指摘なら清で間違いありません。丙子胡乱(ピョンジャホラン:병자호란)が勃発したのは1636年12月のことですが、同年の4月11日にホンタイジは国号を大清に変えています。

劇中の字幕がどうだったのかは定かではありませんが、セリフとしては金(クム:금)とのみ言っています。当時はヌルハチホンタイジのことも金汗(クムハン:금한)と呼んでいました。金の王という意味です。

劇中、便殿で派兵について話しているのが1618年7月で、太祖ヌルハチが後金を樹立して2年後です。明の要請を受けて実際には約1万人の援軍を送り、翌年、明と朝鮮の連合軍は後金と戦っています。

光海君(クァンヘグン:광해군)は劇中で描写されている通り、明への事大の礼として派兵はするものの、後金に対しては逆らわないという、どっちつかず外交をしていました。これは単に優柔不断というわけではなく、大局を正しく読んだ上での戦略的な判断でした。

それまで明に事大していた朝鮮ですが、光海君は後金が明に取って代わることの可能性が高いと判断していました。そのような2重外交を性理学に凝り固まった反対勢力は看過できず、また、大妃への不忠や兄弟殺しも考慮され、光海君は反正(パンジョン:반정)という憂き目にあったのです。

こうして、新王・仁祖(インジョ:인조)を取り巻く勢力が、光海君時代の大北(テブク)から西人(ソイン)へと変わり、親明排金政策が取られた結果、後金の太宗ホンタイジの怒りを買って侵攻を受けたわけです。

だから、光海君の退位自体が直接侵攻の引き金になったわけではありません。けれど、光海君が継続して王位にいついていれば、侵攻はされなかったことでしょう。

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