韓国歴史ヒストリア

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王女の男23話 懿敬世子の死と李施愛の乱 すごいワープ!?

   

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王女の男(原題:公主の男:コンジュエ ナムジャ:공주의 남자)23話。

1457年9月20日、世祖(セジョ세조)の長男・懿敬世子(ウィギョンセジャ:의경세자)が亡くなります。彼は1438年生まれでしたので、享年20歳でした。(追贈・徳宗:トクジョン:덕종)

ドラマは野史を忠臣に構成されているため、端宗(タンジョン:단종)の亡霊を見ていますが、魯山君(ノサングン:노산군)に降封された端宗が亡くなったのは懿敬世子が失くなった1か月後ですので、事実誤認があります。

懿敬世子(ウィギョンセジャ)が亡くなったことで世祖(セジョ)の直系が途絶えたかというとそうではなく、ドラマには出て来ませんが当時8歳の次男・海陽大君(ヘヤンテグン:해양대군)が後に睿宗となり王統をつぐことになります。

けれども、第8代睿宗(イェジョン:예종)も二十歳の若さで亡くなります。そして、第9代成宗(ソンジョン:성종)が王位につくのですが、彼はドラマ内で亡くなった懿敬世子(ウィギョンセジャ)の次男です。懿敬世子の妻で成宗の母が、かの有名な仁粋大妃(仁粹大妃:インステビ:인수대비)です。

懿敬世子やセリョンの母・貞熹王后(チョンヒワンフ:정희왕후)は成宗の祖母であり大王大妃(テワンデビ)としてまだ王がまだ幼いために、代理で執政する垂簾聴政(スリョムチョン ジョン:수렴청정)を行います。彼女が朝鮮初の大王大妃かつ垂簾聴政の執行者となりました。

罪深い王・世祖(セジョ)の息子たちがいずれも短命だったことは皮肉なことです。

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さて、スンユはかつて父が甚大な影響力を持っていた咸吉道(ハムギルド:함길도)李施愛(イ・シエ:이시애)を頼って行き反乱を起こします。1467年5月に起きた大規模反乱・李施愛の乱の首謀者です。

彼は前会寧節制使(フェリョン チョルジェサ:회령 절제사)ですので、官職を受けていたものでしたが、元々は豪族です。

ハムギルド

そして、咸吉道は朝鮮の最北端(地図オレンジ)で中央(地図ピンク)から離れた場所でしたが、朝鮮を建国した李成桂(イ・ソンゲ:이성계)の出身地ということもあり、また国境地帯ということもあり要所でした。

そんな場所で起こった反乱に世祖(セジョ)は敏感に反応しました。

世祖は持病が悪化し自分にしが近づいていることを自覚しており、その上に世子がまだ二十歳にもなってない若者だったため、このまま死ねば自分が起こした端宗(タンジョン)の廃位のように我が子も廃位されるのではないかとの危惧を抱いていました。そこに大規模な反乱が起きたため、心中穏やかではありませんでした。

前年まで都承旨(トスンジ:도승지)として、王の最側近だった申㴐(シン・ミョン:신면)ですが、乱が起こった1ヶ月前の4月27日に運悪く咸吉道観察使(ハムギルド クァンチャルサ:함길도 관찰사)に任命されています。

こうやって時系列で見ていくとよく分かるのですが、第23話は一気に10年の歳月を飛び越えています(汗)

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