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大妃・王大妃・大王大妃の違いとは?

      2014/06/07

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大妃(テビ:대비)・王大妃(ワンデビ:왕대비)・大王大妃(テワンデビ:대왕대비)

これらの言葉は韓国時代劇で飛び交っている言葉ですが、意外と正しく説明されていないように思います。

現在見ているDr.JINでも細かい説明もなくこれらの用語が使われており、視聴者はスルーするか混乱しているかのどちらかだと思います。

そこで、改めてこれらを定義を確認したいと思います。

 

大王大妃

 

まず、王の妃が中殿(チュンジョン:중전)です。男性より女性が長生きすることも多く、また、中殿が亡くなった場合には継妃として年若い中殿を冊封することが一般的でしたので、王の母や義理の母、時には義理の叔母が存在することが多かったのです。また、まれに王の祖母なども存命だったことがありました。そのため、時代によっては中殿よりも格上な女性がいたのです。

 

基本法則

王大妃(ワンデビ)=先王の妻   大王大妃(テワンデビ)=先々王の妻

これらを呼称として大妃(テビ)と呼んでいました。ドラマなどで訳がわからなくなることがあるのはこのためですが、大妃(テビ)と呼ばれている人が登場した場合、どちらかの呼称であって、大妃(テビ)という固有の地位名はありませんでした。ただし、後年、このルールが変わります(後述)

大王大妃(テワンデビ)が初めて登場したのは、 第9代成宗(ソンジョン:성종)の代になってからです。それまでは、先々王の妻が存命だったことはありません。このとき、成宗の義理の叔母で第8代睿宗(イェジョン:예종)の妻・安順王后 (アンスワンフ:안순왕후)王大妃(ワンデビ)になり、成宗の祖母で第7代世祖(セジョ:세조)の妻・貞熹王后(チョンヒワンフ:정희왕후)大王大妃(テワンデビ)に昇格しました。

このとき、成宗の生母で強大な権力を握っていた追尊徳宗(トクジョン:덕종)の妻・ 昭惠王后(ソヘワンフ:소혜왕후 )は自己の欲のために息子に地位をねだりました。そして名高い仁粋大妃(仁粹大妃:インステビ:인수대비)となったわけですが、彼女もまた王大妃(ワンデビ)として冊封されています。これはイレギュラーな例で、例外中の例外です。このときは王大妃(ワンデビ)が2人いることになります。

 

追記

また、第16代仁祖(インジョ:인조)の継妃(ケビ)莊烈王后(チャンリョルワンフ:장렬왕후)も少々イレギュラーな存在です。彼女は1659年に第18代顕宗(ヒョンジョン:현종)の即位により大王大妃となりました。このときは、先々代の王の妃ということで何ら問題はありません。

けれど、彼女は顕宗よりも長生きし第19代粛宗(スクチョン:숙종)の14年(1688)まで存命でした。そのため、粛宗の時代においては先々々王の妃が大王大妃です。

ただし、嫁にあたる第17代孝宗(ヒョジョン:효종)の妃・仁宣王后(インソンワンフ:인선왕후)が粛宗即位の5ヶ月前に亡くなったこともあり、身分は1659年からずっと変わらず大王大妃のままでした。もし、仁宣王后が亡くならなかったら、大妃・王大妃・大王大妃制がこの時始まったことでしょう。

 

上記の例外を除き、この基本法則は第24代憲宗(ホンジョン:헌종)の代まで続きます。けれども、遂に広義の大妃が3人になるという事態が発生しました。

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憲宗は後継ぎのないまま死去したため、第25代哲宗(チョルジョン:철종)が傍系から担ぎ出されました。そして、この時はじめて3代の王の妃が存命しているという事態が起こりました。このため新たに王大妃(ワンデビ)よりも格下の大妃(テビ)という地位が作られたのです。

このとき、大王大妃(テワンデビ)の上の地位を作ろうということが議題に上りましたが、そもそもこれらの名称は中国の王朝の呼称「太皇太后」「皇太后」を変化させて作ったもののため、中華秩序の内にある朝鮮が、むやみに上の地位を作ることはできませんでした。

そして、結局下記のように収まりました。

第23代純祖(スンジョ:순조)妃 – 純元王后(スヌォンワンフ:순원왕후)  (新)安東金氏(アンドンキムシ:안동김씨) →  大王大妃(テワンデビ)

追尊翼宗(イクジョン:익종)妃 – 神貞王后(シンジョンワンフ:신정왕후) 豊壤趙氏(ポンヤン チョシ:풍양조씨 )→ 王大妃(ワンデビ) 主に趙大妃と呼ばれる

第24代憲宗(ホンジョン:헌종)妃 – 孝定王后(ヒョジョンワンフ:효정왕후) 南陽洪氏(ナミャンホンシ:남양홍씨)→大妃(テビ)

1857年に純元王后が亡くなると 神貞王后大王大妃(テワンデビ)に登り、通常通り広義の大妃は2人体制になりますが、1863年に哲宗が亡くなると、再び3人体制となりました。

 

まとめ

第24代憲宗までは大妃(テビ)と呼ばれる人は大王大妃(テワンデビ)王大妃(ワンデビ)で、呼称としての大妃(テビ)はあったものの、地位としての大妃(テビ)は存在しなかった。

第25代哲宗第26代高宗(コジョン:고종)の代には、地位としての大妃(テビ)があり、広義の大妃(テビ)が3人いた。大王大妃(テワンデビ)>王大妃(ワンデビ)>大妃(テビ)

 

 大王大妃(テワンデビ)一覧

  • 第9代成宗代 第7代世祖妃・貞熹王后  慈聖大王大妃 尹氏(チャソンデワンデビ ユンシ:자성대왕대비 윤씨)
  •  第10代燕山君代 追尊徳宗妃・ 昭惠王后 仁粹大王大妃 韓氏(インスデワンデビ ハンシ:인수대왕대비 한씨)
  • 第10代燕山君代 第8代睿宗(イェジョン:예종)妃・安順王后 明懿大王大妃 韓氏(ミョンウィデワンデビ ハンシ:명의대왕대비 한씨)
  • 第13代明宗(ミョンジョン:명종)代 第11代中宗(チュンジョン:중종)継妃・文定王后(ムンジョンワンフ:문정왕후) 聖烈大王大妃 尹氏(ソンニョルデワンデビ ユンシ:성렬대왕대비 윤씨)
  • 第16代仁祖(インジョ:인조)代 第14代宣祖(ソンジョ:선조)継妃・仁穆王后(インモクワンフ:인목왕후) 昭聖大王大妃 金氏(ソソンデワンデビ キムシ:소성대왕대비 김씨)
  • 第18代顕宗(ヒョンジョン:현종)・第19代粛宗(スクチョン:숙종)代 第16代仁祖継妃・莊烈王后(チャンニョルワンフ:장렬왕후) 慈懿大王大妃 趙氏(チャウィデワンデビ チョシ:자의대왕대비 조씨)
  • 第21代英祖(ヨンジョ:영조)代 第19代粛宗継妃・ 仁元王后(イヌォンワンフ:인원왕후) 惠順大王大妃 金氏(ヘスンデワンデビ:혜순대왕대비 김씨)
  • 第23代純祖(スンジョ:순조)代 第21代英祖継妃・貞純王后(チョンスンワンフ:정순왕후) 睿順大王大妃 金氏(イェスンデワンデビ キムシ:예순대왕대비 김씨)
  • 第24代憲宗・第25代哲宗代 第23代純祖妃・純元王后 明敬大王大妃 金氏(ミョンギョンデワンデビ キムシ:명경대왕대비 김씨)
  • 第25代哲宗・第26代高宗代 追尊翼宗妃 – 神貞王后 孝裕大王大妃 趙氏(ヒョユデワンデビ チョシ:효유대왕대비 조씨)

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